今年を振り返りつつちょっと将来を考えてみました

大きな衝撃を受けた2011年が終わろうとしています。
そして間もなく新しい年を迎えます。

今年は、ある意味では価値観まで変わってしまうような、大きな変化のあった年ではないかと思います。

東日本大震災は、命とか家族とか、生きることについて改めて考えさせられる出来事でした。
そして、人間の一生という時間軸と大自然の時間軸が、こんなにも違うものかと思ったものです。

また、原発の安全神話は虚構であったし、技術的には確立されたはずの現代住宅が液状化現象にはまったく無力でした。


これまで「正しいと思っていたことが、実はそうではなかった!」

こんな思いを強く持った一年でした。

2011年は、そのような価値観の変化というか、パラダイムシフトが起こり始めた年ではないかと思います。

なでしこジャパンが金メダルを獲り、橋下維新が旋風を巻き起こしています。
カダフィー大佐や金正日も亡くなりました。
大きく時代は変わる・・・・・そんな予感がします。


個人的なことですが
私は1951年生まれ、つまり今年は還暦だったのですが、まさに現在の日本も還暦を迎え、今年から新たな時の流れをスタートさせたのではないかという思いを強くしています。

1951年は昭和26年、そうです戦争に負けて6年が経った頃に私は生まれました。
小学校に行く頃には、日本は高度経済成長のスタートを切った頃、その後のおよそ30年間、日本は本当にいい国になったと思えるほどの豊かさを実現することができました。

しかし、日本の豊かさの中には大きな歪があり、それがバブル経済の崩壊とともに顔を出したわけです。

その後のおよそ20年間の日本は、かっての栄華を夢見て、改革改革と掛け声は大きくなるが、実態が伴なわず、政治も不安定となり、気が付けば中国に追い抜かれていたわけです。

60年間は、一人の人間にとって大きな節目ですが、社会も60年間を経過すると、やはり大きな節目になるのだろうと思います。


現在の日本は人口減少社会に突入しています。
高齢化社会が問題とされていますが、根本的には人口減が様々な問題の原因です。
出生率が低く、人口ピラミッドの上の方が大きくなる状態は、人口減少が止まらなければ改善せず、やがて国力は疲弊し、様変わりした日本を見ることになる恐れが充分あります。

私が生まれた年の前年の統計データでは、日本の総人口は8,320万人でした。
その後も人口は増加し2006年の12,779万人がピークとなり、そこから人口減少に転じました。
あたかも、日本の経済成長カーブに見合ったかのような動きになっているのです。

*参考 ⇒ 人口の超長期推移

では、出生率を改善する為にはどうするといいのでしょう。

民主党が看板政策としていた「子供手当」は、その辺に狙いがあったのでしょうが、残念ながら評価はされませんでした。

よく聞く意見として「子供に夢を与えることの出来ない社会では、子供を生み育てようという気にならない!」というものがあります。

たしかに、夢を持つことの出来ない社会は悲しすぎます。
何のために生まれてきたのか、何を生きがいにすると良いのか?
答えが見えない中で生きていくことは、すごく虚しいことです。
そして、その思いは、子供たちよりもむしろ親の世代に強くなっているのかもしれません。


夢を持つという意味で言うと、今、日本には夢がたくさんある地域があります。
それは・・・被災地です。
政府の動きとはまったく異なり、活き活きと復興に向かうエネルギーを感じることのできるサイトがあります。
現地からのレポート<助け合いジャパン>

読み進めていくとたくさんの夢に出会うことが出来ます。
今年の漢字はでしたが、被災地にこそ、絆があり夢があるのではないでしょうか。

大震災がきっかけとなって・・・というと複雑な思いにもなりますが、忘れていたものを思いだすことになったことは確かです。

実は、私は数年前、仕事で宮城県にいました。

滞在期間中の前半は亘理町、後半は仙台市泉区に住んでいまして、北は富谷町、東は石巻市、南は山元町、西は仙台市太白区の範囲を毎日のように営業活動をしていました。

活動範囲の約半分が大きな被害にあった地域です。テレビに映し出される画像を複雑な思いで見ていました。
もし、あの時に・・・すると自分も・・・と、感じたものです。

懐かしい地名や景色が、まったく違った印象で目に飛び込んできます。
すぐにでも現地に行って、状況をこの目で見たい・・・こんな衝動にもかられましたが、行って何か出来るわけでもなく、今はこうして気持ちだけの応援をしている状況です。

個人的なことは置いておいて、さて、被災地には夢がある・・・ということをもう少し考えてみたいと思います。


避難した方々は、性能の悪い仮設住宅にこの先もかなりの期間住むことになりますが、一方で新たな街づくりが始まります。

災害に強く、産業の育成にも便利で、そして生活のしやすい街づくりをゼロから始めるわけです。
地元の人たちが智恵を出し合い力を出しあい、全国からの応援に支えられながら、人の輪がどんどん広がっていくはずです。

何かものを創り出すということは、ワクワクとしてとても楽しいことだと思います。
そして、10年いや20年という歳月がこれから必要とされると思いますが、その間、地元の人たちは世代を超えてこの街づくりという壮大な事業を引き継いでいくわけです。

もちろん良いことばかりではないでしょう、街づくりの過程には大きな困難もあるでしょうし、越えなければならない障害もたくさんあると思います。
しかし、それらの困難を克服できた時こそ、大きな喜びに包まれるのではないかと思います。
そんな大事業に直面できることは、すごく夢のあることではないでしょうか。

今年、日本人は震災から多くのことを学んだと言われています。

しかし・・・たぶん・・・これから20年間、もっと多くのことを被災地から学ぶような気がします。
そして20年後、2030年は人口減少と高齢化の問題点が深刻に浮かび上がる年と言われています。
*参考 ⇒ 高齢化と単身化が都市を襲う「2020/30年問題」

2030年がどのような国の形になっているのか?どう変えていかねばならないのか?
被災地の復興とともに、日本という国のグランドデザインをもう一度考え、夢のある社会にしていく行動を起こすスタートにしてほしいと思います。


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